2006年02月22日

教育論...!!

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私は小・中・高・大と16年間の教育を通して、恩師といわれる教師とか、心に残る教師とか、いまだに連絡を取り合っている教師とか‥…は一人としていない。逆に教師に関しては嫌な思い出ばかりだった。なぜなのか…??

私が接した学校の教師は常に一方的に語りかけ、私たち生徒はその内容を機械的に暗記する。それによって私たち生徒は教師によって満たされるべき入れ物に変えられてしまう。

その入れ物をいっぱいに満たせば満たすほどそれだけ良い教師なのである。私たち入れ物の方は従順に満たされていればいるほどそれだけ良い生徒なのである。

教師が教え、生徒は教えられる。

教師がすべてを知り、生徒は何も知らない。

教師が考え、生徒は考えられる対象である。

教師が語り、生徒は耳を傾ける、しかもおとなしく。

教師がしつけ、生徒はしつけられる。

教師が選択しその選択を押しつけ、生徒はそれに従う。

教師が行動し、生徒は教師の行動を通して行動したという幻想を抱く。

教師が教育内容を選択し、生徒は相談されることもなくそれに適合する。

教師は知識の権威を職業上の権威と混同し、それによって生徒の自由を圧迫する立場に立つ。

理想の教育・良い教師の裏には人間をロボットに変えようとする意図が見え隠れしている。

教師は善意のつもりが、自分のやっていることが非人間的にしか役に立っていないことに気がつかない、このような教師しか見てきていない。

教師はもはや単なる教える者ではなく生徒と対話をかわしあう中で教えられ者にもなる。生徒もまた教えられると同時に教える。そういう関係が最も望ましい。そういう教育が学校の制度の中でできるのであろうか…?

反面教師として、この経験をとらえている!

ちょっと、難しかったかなぁ…!!
posted by tsue at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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